譲り渡すオーナーへ——M&A「経営者保証」で失敗しないために

「M&Aで会社を手放したのに、いつまでも銀行の保証人から外れない」
M&A成約後、譲り渡したオーナーが、かつての会社の借入金の連帯保証人のまま放置されてしまう。
そんなトラブルが全国で発生しており、中小企業庁も注意喚起を行っています(M&Aに関するトラブルにご注意ください)。
藤田知也氏の『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版)でも、こうした事例が詳しく報じられています。
譲渡後の人生を「過去の負債のリスク」に怯えて過ごすことほど、不幸なことはありません。
こうしたトラブルは、M&Aを検討する段階で正しい知識を持ち、適切に準備すれば、多くの場合は回避できます。
譲り渡す側のオーナー側の立場から、経営者保証を成約前に解除すべき理由と、その具体的な進め方を整理します。
成約後の解除約束の危うさ
銀行融資を受けている中小企業の多くは、借入時にオーナー個人が連帯保証(以下「経営者保証」)を差し入れています。
わかりやすく言えば、会社の借金について、オーナー個人も自宅や個人資産まで差し出して責任を負う契約です。
ここで押さえておきたいのは、経営者保証は「金融機関とオーナー個人」が結んだ個別の契約だという点です。M&Aで会社の経営権が移っても、それだけで保証契約が自動的に消滅することはありません。
交渉の過程で、経営者保証の解除を「株式譲渡後の義務」として成約を進めようとするケースも少なくないようです。
保証の解除を最終的に判断するのは、仲介会社や買い手ではなく「金融機関」ですので、一見、妥当に思えるかもしれません。
買い手の財務状況が想定より悪いと判断されれば、金融機関は保証の差し替えに応じない可能性があります。また、買い手が金融機関との交渉に消極的なまま、旧オーナーの保証が放置されるケースも存在します。仲介会社も、株式譲渡後に経営者保証の解除に向けた支援をしてくれる保証はありません。
その後、買い手の経営が行き詰まり返済が滞った際、既に経営から退いたはずの元オーナーへ突如として巨額の取り立てが来る。これが現実に起きているトラブルの構図です。
こうした事態を避けるためには、「保証の解除がなされない限り、株式譲渡を行わない」という強いスタンスで、譲り渡すオーナーが動ける立場にあるうちに、自ら保証解除を完了させておく、あるいは譲渡の実行と同時に保証解除が効力を発揮するよう、事前に金融機関や買い手との間で手続きを完了させておく必要があります。
解除のために求められる「三要件」
では、どうすれば経営者保証を解除できるのでしょうか。
「経営者保証に関するガイドライン」(2013年策定)では、以下の三要件が揃っている場合、金融機関は経営者保証の解除を検討することとされています。
なお、三要件を完全に満たしていなくても、事業の内容や地域経済への貢献度などを踏まえた「事業性評価」によって、保証解除が検討されることもあります。
① 法人と経営者個人の「財布」が明確に分離されているか
「会社の財布」と「個人の財布」が完全に分かれており、公私混同のない透明な経営体制が求められます。
たとえば、本社・工場・営業車などが経営者個人の所有物になっていないか、あるいは個人所有の場合でも適正な賃料で法人と賃貸借契約が結ばれているか、といった点が審査されます。
事業と家計の財布が混ざった「どんぶり勘定」の状態では、ここでつまずきます。
② 会社の収益力だけで借入の返済が可能な財務状況か
法人の資産や収益力(キャッシュ・フロー)だけで、借入金の返済が可能と判断できる財務状況であることが必要です。
スーパーマーケットで言えば、「店の売上だけで仕入代金の支払いが回る状態」のイメージです。
オーナーのポケットマネーをあてにしないと回らない会社では、保証解除は困難です。
③ 金融機関への情報開示が適時・適切になされているか
金融機関からの情報開示要請に対し、信頼性の高い情報を、タイムリーかつ丁寧に開示できる経営の透明性が確保されていることが求められます。
月次試算表や決算書の提出など、日頃の金融機関との関係性が問われる要件です。
三要件を満たすことが難しい場合の選択肢
三要件を満たすことが難しい会社であっても、経営者保証から逃れる道はあります。代表的なものは以下の3つです。
① 買い手による既存借入の全額返済
買い手がM&Aの資金で対象会社の既存借入を全額返済する方法です。借入そのものが消滅するため、経営者保証も当然に終了します。最もシンプルかつ確実な解決策ですが、買い手側に十分な資金力が必要です。
② 保証人の差し替え
買い手側のオーナーや買い手企業が、新たな保証人として旧オーナーの保証を引き継ぐ方法です。金融機関の同意が前提となるため、買い手の財務状況や信用力に大きく依存します。
③ 信用保証協会の保証付き融資への借換え
プロパー融資(金融機関が直接リスクを負う融資)を、信用保証協会の保証付き融資に借り換える方法です。信用保証協会の保証制度には、経営者保証を不要とする商品もあり、一定の要件を満たせば旧オーナーの経営者保証を外せる可能性があります。
いずれの方法も、買い手・金融機関・信用保証協会との事前協議が前提となります。M&A交渉と並行して、早期に取引金融機関と方針を擦り合わせることが重要です。
譲り渡すオーナーは具体的に何をすべきか
経営者保証の解除を確実にするために、M&Aを検討し始めた段階から、以下の準備に着手することが望ましいといえます。
- 現状把握:自社が三要件のどこを満たし、どこが不十分かを棚卸する
- 改善着手:個人資産の法人移管、適正賃料での契約締結、月次決算体制の整備などに着手する
- 事前協議:M&A交渉と並行して、取引金融機関に保証解除の方針を事前相談する
- 成約条件への明記:最終契約書に「クロージング日までの保証解除」を停止条件として明記する
- クロージング当日:万が一、成約前までに解除が完了しなかった場合に備え、保証解除の書面交付と株式譲渡を同日・同時に実行する段取りを確保する
成約後に経営者保証を解除しようとしても、金融機関との交渉主導権を失い、かつての自社の経営状況に対する当事者性も薄れ、譲り渡したオーナーが打てる手はほとんど残されていません。
M&Aの最終的な当事者は、譲り渡すオーナー自身です。
仲介会社に一任するのではなく、ご自身でもスキームを確認し、必要に応じて独立した専門家の助言を求めるべきです。
弊社は、譲り渡すオーナー側に立つアドバイザーとして、仲介会社とは異なる立場からM&Aを支援しております。M&Aの交渉支援に加え、国の公的機関である事業承継・引継ぎ支援センターとも連携し、経営者保証の解除準備から金融機関との交渉まで、譲り渡すオーナーの立場に立った伴走支援を行っております。
M&Aをご検討の段階で、ぜひ一度お話をお聞かせください。

